これがまた、“翻訳、ハードカバー、2,000円以上”の三重苦の本。内容は面白いのだが、なかなか進まず読むのに苦心した。
行動経済学というのは、経済学と心理学の集合のような学問で、なかなか経済学者からは認められないジャンルだったそうだ。その黎明期から、どんな実験や論文が認められて理論が作られ広がっていったのか、事実をていねいに集めてあった。
私が読んでいて面白くなってきたのはステーキが無料になるレストランの話(24節、203ページ)あたりからだろうか。この学問そのものに興味がそれほどなければ、前半はとばし読みでもいいかもしれない。
人は、商品を選ぶ時に適切な価格かどうかを見ているが、この本を読めばこの判断が実にいい加減であることがわかる。冷静に考えればおかしい選択を平気でしているそうだ。
というのは、人は選択肢が少なくても選べないが、多すぎても選べないのだという。多すぎてパニックになると一見わかりやすいものを選ぶのだ。たとえ結果時に払いすぎになるとしても*1。
他にも、極端に高価格帯や低価格帯の商品は売るためではなく、比較対象として作られている話*2や、トータルで5ドル得することに違いはないのに、15ドルのものが10ドルになる場合と、125ドルのものが120ドルになる場合とでは、人は違う行動をする話など、確かに自分も同じ反応をするなあと苦笑いすることが何度もあった。
私たちの脳は、価格に関しては決していつも理路整然としているわけではない。以前どこかで“何かを買おうとしている人が欲しいのは、それを選ぶ理由だ”と書いてあったのを読んだが、まさしくそれが真実だとわかる。つまり、一般的な現代の価格設定や商品ラインナップなどは、すべて買う側に“買う根拠”を与えるために*3作られているのだ。
トリックかと思うような話が次々と出てくるが、すべてきちんとした実験の上導き出された真実だ。これを読んだからといって、すべての値段の罠からは逃れられないかもしれないが、「値段」にどんな意味があるのか、知っておいて損はないと思う。翻訳の文章を辛抱強く読める人にはお勧めです。
※以下は個人的なぼやきです。
それにしても、翻訳本って何でこんなに読みにくいんだろうか。私は今まで「抄訳よりは忠実に訳されたものを選ぶタイプ」だったが、これだけ読みづらい翻訳本が続くとついに信念を変えたくなってしまった。
誤解のないように言うと、この本の訳はきちんとしていると思う。日本語として特に問題はなかった。
ただ、忠実に訳しているあまり、ものすごく分厚かったり、日本では一般的な章立てになっていなかったり*4、日本人が読んでもよくわからないジョークがところどころ入っていたり。本質だけをスッキリまとめて本を作ってくれた方が親切なんじゃないか、と思った。榊原英資さんじゃないが、英語は英語のまま読めた方がこういうストレスはないのかもしれない。
以下は私のメモなので、興味のある方はどうぞ。
反時計回りで財布の紐が緩む(P213)
…買い物客は、店内を反時計回りに進むと財布の紐が緩くなるという現象がある。反時計回りに進む買い物客は、時計回りに進む客よりも、平均して、1回の買い物で2ドル多く使っていた。
(中略)
大多数の右利きの人たちは、商品が並ぶ壁や棚が右側にある時には衝動買いをしやすいということになる。…スーパーは正面入り口を店の右側に配置して、反時計回りの進み方をするように仕向けている。
「兼ね合いの対比のルール」とは(P223)
商品Xが、それより劣る選択肢Yよりも明らかにすぐれている場合、消費者はXを買う傾向が強いことを言う――たとえ他にたくさん選択肢があって、Xがすべての中で最善の選択肢かどうか決められなくても。XがYよりよいという事実自体がセールスポイントになるのであって、その重みは、あって当然と思われる重みよりもずっと大きい。どうやら客は、(自分自身や、友人、クレジットカードの請求書を片手に尋問してくる夫に対して)正当化しうる商品を選ぶことで不安を軽減しようとしているようだ。Yよりもこんなによいのだからと、Xにしようと自分に言い聞かせることができる。
簡単に比較できる選択肢に惹かれる(P275)
評価しにくい多数の選択肢があると、注意が散漫になる。簡単に比較できるもの、たとえ差がわずかでも、もう一方よりもはっきり上だとわかる選択肢の方に惹きつけられる。
ふっかけた方が得(P293)
アンカリングとは、「ふっかけただけ丸ごと儲ける」ではなく、「ふっかけた方が得」という意味なのだ。アンカリングをうまく利用するには、売り手は、高い価格を提供する必要があるのでって、それで売れると期待してはいけない。
結論に飛びつく前に考えろ(P385)
自分の判断が間違っているかもしれないと考えることで、見落としていた理由に気づき、意見が変わるかもしれない。ムスワイラー*5らは、「逆を考える」ことで意志決定の直感的で自動的な領域も影響を受けると信じている。それで、価格に対するアンカーの威力が低減されるのだろう。
アンカリングの解毒(P386)
「逆を考える」は容易に使える。ディーラーや業者や代理店や雇い主がある数字を言ってきたら、深呼吸をして、その価格が妥当ではない理由を思いつけるまでは何も言わない。勝負を賭けて、できるだけたくさんの理由を考えてみるのだ。
人はチョコレート=幸せを求めるもの(P408)
もっとチョコレートをもらえるはずだと思うと、幸せが台なしになってしまう。人は、少ないチョコレートでよしとする気持ちにはなれないのだ。シーとツァン*6は、この実験を「人生の縮図」とみなしている。お金は、現代に存在するほろ苦いチョコレートだ。私たちは、一番低い価格、一番高い給料、できるだけたくさんのお金を求めて生活している――これらの数字で自分の幸福を測りたいのだ。
(中略)
お金は数字の形をしていて、数字は比較するのが容易なので、他にどのようなものと比べても意志決定に過度の重みを持つことになる。