毎日「ゴキゲン♪」の法則

自分を成長させる読書日記。今の関心は習慣化、生産性、手帳・ノート術です。

いつでも人を呼べる家にしよう…

■持たない暮らし
今日はケーブルテレビ工事のため、担当者2名がわが家にやってきた。うちはなるべくテレビを見ないようにしているのでケーブルテレビも契約していないが、賃貸なので大家さんが「地デジ化対策をします!」と言えば工事は断れない。はじめはリビングをきれいにして、他の部屋に放り込んでおけばいいや、と思っていたが今朝ふと気がついた。

テレビを置いているのはリビングだけだが、アンテナはすべての部屋にあるじゃないか!それから血相を変えて他の部屋も掃除、片づかないものは結局洗面所に押し込んで冷や汗。それでもテーブルの上などに信じられないくらい本が山積みの家なので、来た方はさぞびっくりされただろう。以前、ガスの点検の仕事をしていた友人は
「家の中の状態なんて意識が向かないから大丈夫」
と言っていたが、こっちが気になるのだ。気になるなら片づければいいのに。すみません。


この機会なので掃除がてら要らないものを捨てることにした。もうほとんど見ていないビデオテープと聞いていないMDを捨てよう、とゴミ袋に入れたら2つがほぼいっぱい。今までなくても生きて行けたんだから、と思い切ってゴミ袋行きにした。

今回特に思ったのが「人は忘れる生き物だ」ということ。片づけたら出てくるのが「ああ、そういえば」というものばかりなのだ。その時はほしかったり、必要だと思って買ったはずなのに、忘れている。なくても困ることはなかった。
これは私だけなのかもしれないが、ある時関心を持って買い込むが、そのうち関心が別のものに移ると、買い込んだ「もの」たちはどこかに放り込まれて忘れられるのだ*1。人は、案外ものがなくても生きていけるのではないか、という気さえする。少なくとも、一時の勢いで買い込むのはリスクが大きすぎる。


工事の人が帰られたあと、いつもより広いわが家でしみじみ思った。ものが少ないと、そして(ある程度)片づいていると、こんなに暮らしやすいものなのか。探しものをする必要がない。作業スペースが広い。掃除がしやすい。つまり、時間の無駄がない!
当たり前のことなのだが、片づけの苦手な私はどうしても優先順位が下になりがちだ。

そして、「急に人が来てもあがってもらえる家にしよう」と決心した。せめて、人が急に来ても大丈夫なレベルくらい保とう。いくら散らかっていても平気な心臓を持つか、片づけるかの二択なら、片づけた方がいいに決まっている*2

先日紹介した、臼井由妃さんの本にも同じようなことが書いてあった。時間が少々かかっても、これは手に入れたい。1日の大半を家で過ごすんだから、本気出してやります。

*1:たとえば、ロディアなどですね。文房具も多い…

*2:「平気な心臓」はたぶん一生持てそうにありません…