毎日「ゴキゲン♪」の法則

自分を成長させる読書日記。今の関心は習慣化、生産性、手帳・ノート術です。

充実した生のために、死について知る☆☆☆

※『死ぬ瞬間の対話』の改訳
※タイトルが変わっているのは

死にゆく人とそれを看取る人との間の「いまわのきわ」の対話を連想させるので、改訳にあたって、原題*1により即した題名に変えた(訳者あとがき)

ためだそうです

ぼくらの頭脳の鍛え方 (文春新書)』で挙げられていたうちの1冊。
先に同じ著者の『死ぬ瞬間―死とその過程について 』(リンクは中公文庫版)を読もうと思ったが、図書館で借りたのはあまりに古くて読めなかった。
たまたまこちらは実家近くの図書館にあることを調べていたので、実家にいるうちにと借りて読んでみた。
訳者あとがきによれば、

『死ぬ瞬間』の付録のような本

だそうだが、これだけ読んでも充分に読みごたえがあった。


◆目次◆
はじめに
1臨死患者
2特殊なコミュニケーションの形
3自殺と末期疾患
4突然死
5延命
6患者を看取る場所はどこが望ましいか
7遺された家族の問題
8葬儀
9家族とスタッフは自分の気持ちをどう扱うか
10スタッフに関する他の問題
11老齢
12ユーモア、恐怖、信仰、希望に関する質問
13個人的な質問
訳者あとがき

この本は、著者が精力的に行っていた臨死患者*2のケアに関するワークショップ、講義、セミナーでの質疑応答をまとめたもの。なので、同じような質問がくり返し出てくるところもある。
ただ、くり返し読むことでだんだん慣れていく、という意外な効用があった。

何しろ、面と向かって死について話したり聞かされたりする経験はまるでない。はじめはあまりの生々しさに怖くなった。これは、ごく一般的な感覚だと思う。
でも、読み進むうちに少しずつ受け入れられるようになってくる。
つまり、この本は死に関する優秀な入門書と言える。『ぼくらの頭脳の鍛え方』で取り上げられていたのも、そういう意味だと思う。

……こういった準備はもっと前からされるべきで、子どもや若い人にも死という現実に向き合う教育をしなければならないと思っています。そうすれば、いざ自分が末期の病気になって、やり残したことを片づける時間がわずかしかないという時にも、死を受容するまでの段階*3をすべて通過しなくてもすむのです。限られた命をしっかり直視すれば、まったく違う生き方ができます(P13)

著者が言うように、死についてはどんな人も先に学んでおいた方がいいのだ。誰でも避けて通れないし、身近な人の死を経験することも必ず起こる。

質問者の立場もさまざまなので、医療関係者だけでなく家族が末期の患者だったり、亡くした経験者など一般の人も多い。家族を見送るためにも役に立ちそうだ。
本人だけでなく、家族も死を受容するまでの段階を経ることなるそうで、特に突然事故などで亡くした場合のグリーフケア*4に関する話は、万が一そんな立場に置かれた時に知っていると少しは悲しみが軽減されると思う。


死をただ怖いもの、忌むべきものとしてしかとらえられないと、臨死患者を孤独のまま見送ることになってしまう。でも、ごく普通の人でも気持ちにより添える方法がある、とこの本を読めばわかる。
ひとつはには自分の人生を少しでも悔いのないものにするために、もうひとつには身近な人たちを悔いなく見送るために、ぜひ読んでみてください。

私のアクション:「人生は有限だ」と意識して毎日を過ごす
※この本のメモはありません

*1:Questions and answers on Death and Dying

*2:臨死=「臨死体験」という言葉にあるイメージ、“死にかけたけど生還”だと思いがちですが、ここでいう意味はまさしく原題のdying、“死につつある”と考えてください

*3:「否認」「怒り」「取り引き」「抑鬱」「受容」の5つの段階があるそうです(P48ほか)。ただし、すべての段階をこの通りに経るわけではないようですが、くわしくは著者の他の本を読んでください

*4:この表現は本書にはありません