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「キリスト教」に対する認識が変わります☆☆☆

神の発見
神の発見
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五木 寛之/(対話者)森 一弘
平凡社(2005/08)
¥ 1,512
五木寛之さんの“発見”シリーズ(と勝手に命名)、今回はキリスト教の司教である森一弘さんとの対談。
せっかくだからシリーズ全部読もうかな、と軽い気持ちで借りたが、実は一番意外で面白かったかもしれない。


◆目次◆
ブッディストがキリストを訪ねる旅のはじめに
第1章 聖書とキリストの謎
第2章 神との出会いの謎
第3章 神の裁きの謎
第4章 愛と慈悲の謎
第5章 人類救済の謎
第6章 一神教の謎
第7章 祈りの謎
第8章 女性信者の謎
第9章 日本人とキリスト教の謎
あとがきにかえて

森さんは1938年生まれ、高3の時に洗礼を受け、大学在学中に修道会に入り、ローマに留学して司祭となる。帰国後活動を続けて85年に司教になった、キリスト教の道を一心に進まれたような経歴だ。


そんな人と、自称ブッディストの五木さんの対談なので、どうなることかと勝手に心配になったが、「カトリックは懐が広いんです」と言われる森さんご自身が、とても懐の深い方だった。

実は、若い頃にある人の紹介で禅寺で修行された経験があるそうだ。その時は、「山の頂を目指すルートが違うだけで、目指すものは同じ」と言われて特に違和感なく禅寺で修行に励まれたそうなのだが、ある時先輩のお坊さんに「宗教の二股はよくない」と言われてそこをやめ、修道会に入られたのだという。

だから、キリスト教一神教であるにもかかわらず、他の考え方や解釈にも寛容だし、仏教的な感覚もお持ちなのだろう、と感じた。司祭としてそんな発言をしていいのか、と思ったが、だからこそ、日本人にも受け入れられる活動を続けられたのかもしれない。


また、聖書はいくつもの言語に翻訳をくり返された結果、もともとの意味とずいぶん違っている、という話や、もともと宗教は最も苦しく、虐げられている層のためにあったものだ、という話は今までまったく聞いたことがなかったので、とても新鮮だった。
そう思って読めば、聖書もまったく受け取り方が変わりそうだ。


キリスト教には時代によってさまざまな会派があり、日本で布教活動をしたのは最も厳しいフランスのヤンセンという宣教師によるものだったため、「キリスト教=厳しい、堅い、まじめ」というイメージになってしまったのだそうだ。
実際には、キリスト教は広まった国で、それぞれの文化や習慣と混じり合っていったので、もっとおおらかなものも多いのだそうだ。

仏教でも、インドに始まり、中国を経て日本に入ってきたことで、本来の形とはずいぶん違っているというし、南アジアに伝わったものはまた違う形で花開いたと聞く。「オリジナルの形を損なわない」ことを重視するような宗教の伝え方は、実は間違いなのかもしれない。


まるで意地になっているのかと思うくらい、くり返し仏教、それも浄土真宗の話を持ち出す五木さんと、張り合うでもなく迎合するでもなく、うまく沿うような形で話が進む。
一般的な「日本人のキリスト教に対するイメージ」をいい意味で裏切ってくれる本だ。


キリスト教の成り立ちや、西欧圏の文化への影響など、「西洋を知りたければキリスト教文化の勉強は不可欠」という部分もかなりカバーしてくれている。
当時はやっていた「ダヴィンチ・コード」から話が始まっているくらいなので堅苦しさもなく、面白く読める。

キリスト教について基本的なことを知りたい人、知識として頭に入れておきたい人の助けになるはず。
ピンと来た方はどうぞ。
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