毎日「ゴキゲン♪」の法則

自分を成長させる読書日記。今の関心は習慣化、生産性、手帳・ノート術です。

怒ると人生がボロボロになる☆☆☆☆

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)
アルボムッレ スマナサーラ
サンガ(サンガ新書)(2006/07/18)
¥ 756
先に『怒らない練習』を読んだ。
この2冊のあとに出た本だったので、新書2冊は復習としてさらっと読めばいいかな、と思ったが、内容が濃く、とても斜め読みはできなかった。

さすがはベストセラーになった本だ。


怒らないこと ◆目次◆
第1章 「怒り」とは何?
第2章 怒りが幸福を壊す
第3章 怒らない人
第4章 怒りの治め方

怒らないこと2 ◆目次◆
はじめに
第1部 怒りとは生命の根源にある感情
第1章 なぜ怒る?
第2章 生命とはなにか
第3章 妄想で生きる生命のシステム
第4章 感情は怒りの塊
第5章 「欲」は「怒り」の別バージョン
第6章 生命が感じていること
第7章 人生とは何か

第2部 怒りの姿
第1章 怒りを知る
第2章 怒りの種類
第3章 怒りに対処する

第3部 人格を完成させる人生論
第1章 究極の真理を理解する
第2章 自我は管理したがる
第3章 自我がつくり出す世界
第4章 新しい人生論は自我を破る
第5章 本当の道徳

第4部 幸せの道を生きる
第1章 勇気のある生き方
第2章 成功する生き方
第3章 慈悲を生きる

最初にお断りしておくが、2冊一度に読むのは暴挙に近い。正直に言ってもったいない。
1冊ずつじっくり読むのが正しい読み方です。


『怒らないこと』では、いかに怒りが人生を壊すか、損なことかをスマナサーラ長老がじゅんじゅんと語ってくれる。

 暗い性格、幸福が失われた感情、不幸を感じる感情dosaがあまりにも強烈になると……じっとしていられません。さらに強くなってしまうと、さまざまな行動の中で、いろいろなものを破壊していきます。真っ先に破壊するのは自分です。自分を破壊して、それで他人も破壊していくのです。世の中の破壊の原因は、怒りなのです。
怒らないこと(P22)

 世の中で、怒る人ほど頭の悪い人はいません。
 ……これは客観的な事実、真理なのです。怒る人は本当に恥ずかしいほど頭が悪いのです。
怒らないこと(P87)

近年、怒る人が増えている気がするが、怒ることは自ら幸せを破壊していることになる。なぜなら、幸せな気持ちと怒りは共存できないからだ。

そして、「怒りを抑える」「我慢する」というのも間違いだという。外に表現しないだけで、「怒っている」ことには変わらない。怒っただけでいろんなものは失われるので、「ただ怒らない」ことが大切なのだ。
まったく怒らないことが無理でも、小さな怒りが芽生えた時点で気づいて消せば、影響は最低限ですむ。


『怒らないこと2』では、より実践的な内容になる。

 この本では「怒りをもたずに生きることに挑戦しましょう」と提唱しています。はじめに「怒らないことは人生目標にふさわしい大仕事」といいましたが、「怒らないこと」への挑戦は、生命メカニズムまでを理解して実践する、大仕事です。そのぶん、やりがいもある仕事です。
怒らないこと2(P44)

かなり前に、“21日間怒らなければ習慣化できる”という本を読んで何度もトライしたが、結局挫折。今思えば、あれは怒りを我慢するだけで、本来の「怒らない」ではなかったのだろう。21日間で、というのもちょっと無理だったのかもしれない。

 大事なポイントを言います。「怒りでやることは、何でも失敗する」です。だから、「怒らないこと」が大事なのです。怒りの結果は、かならず悪い。かならず不幸になるのです。
怒らないこと2(P72)

これを知っているだけでも、怒る程度や頻度を減らせるのではないだろうか。
下のメモにもあるが、私が向上心だと思っていたものも、実は怒りから来ていると知り、衝撃を受けた。
私たちが思っている以上に、怒りが行動の起爆剤になっていることが多そうだ。

だからこそ、「怒らない」という選択が大切なのだ。


怒りから自由になるには、まず、自分が怒っていることに気づく。そして、観察すればやり過ごせるという。
そのためには、自分が今どんな怒りを持っているか素早く見分けられる方がいいそうだ。
『怒らない練習』でも紹介されていた怒り10種類を、きちんと理解して覚えておくことをスマナサーラ長老は勧めている。指名手配の顔写真を見ておけば、出会った時に「あ、あの人だ」とわかるのと同じだという。

この本でも丁寧に紹介されているが、やはりこれは『怒らない練習』の怒りのイラストを見た方が覚えやすいと思う。


この本では「自我がなくなれば怒りもなくなる」として、自我に関することにかなりのページを割いているが、この話が池谷裕二さんの本*1とほぼ同じで驚いた。
やっぱり、原始仏教は科学なのだ。


3冊読んで思ったのは、「最初にとっかかりとして『怒らない練習』を読むのが一番スムーズだろう」ということ。
それでもっと深く知りたいと思ったら、この2冊を読むのがおすすめ。
特に『怒らないこと2』の方は、脳科学に興味のある人にはとても面白い本だと思う。

こんなに「怒ることは人生の損失」だと知れば、それだけで怒りを避けよう、大きくなる前に手放そう、と思えるはず。
怒ってもいいことは何もありません。ピンと来た方はぜひどうぞ。
私のアクション:怒ったら「あっ、動物以下になってしまった!」とつぶやいて怒りの世界から引き返す

関連記事
読書日記:『怒らない練習』


以下は私のメモなので、興味のある方はどうぞ。※メモに関してこちらをご覧ください。
◆『怒らないこと』より

努力はしても、結果は求めない(P41)

「自分は完全だ。完璧だ」と思う無知な人は、自分の思い通りに事が運ばないからと終始怒って、そのたびにひどい目にあっている。それはバカバカしい生き方。
ベストを尽くすのは当たり前で、「一応、精一杯やりますけれど、結果はわかりません」という知識的で、高度な生き方がよい。このように生きるなら、怒りの表れる余地はない。

大切なのは「その行動が正しいか正しくないか」(P54)

仏教では、正しいことを実行することが一番大切なのであって、肩書きは一切関係ない。
たとえ子供でも、正しいことを言ったらみんなで認めて実行するべき。

「怒り」が気づかないうちにからだを壊す(P76)

怒るということは、自分で自分を燃やし始めたということ。いずれ細胞が破壊され、グチャグチャになってしまう。

人生を御する(P123)

人生を馬車にたとえて考えてみる。
「自分の心に怒りが生まれた。それは人生という馬車が故障したということ。怒っても、怒りにまかせて行動すると、人生は危険だ。怒りという暴れ馬のやりたい放題に任せたことになる。だから、怒った瞬間に怒りを消そうとする。消すことができたなら、その人は腕のいい運転手だ。人生のリーダーであり、勝者」

「壊れた鐘のようになれ」という偈(げ)(P127)

鐘に少しでも触ると、すごい音がする。我々は鐘どころか、ちょっと空気が触れたくらいのことで怒っている。
お釈迦さまは、「自分の心を、ひびがひとつ入った鐘にしてみなさい」といっている。ひびが入っていたら、叩いても鐘の音はしない。どんな攻撃を受けても、こちらから怒りの音は出さないこと。
※偈(げ)とは…仏教では経典や論書のなかに現れる韻文の部分をいい,ときには仏陀や菩薩をたたえる詩句をもいう(コトバンクより)。

怒るのは動物以下(P139)

もしも怒ってしまったら、「あっ、自分は生命の次元でどん底に落ちた。ここにいてはいけない」と一刻も早く気づいて、人間の次元に戻ってくるようにする。

小さな「成功」をつなげて人生をつくる(P170)

計画の長さは10分くらいでいい。「10年後に成功するぞ」と思って計画を立てると、それは苦しい。「この10分で、自分がやらなくてはいけないことをやり遂げるんだ」「この10分間でやることは、精一杯やって成功するんだ」くらいがちょうどいい。そうすれば、成功するたびに喜びや幸福感が得られる。小さな計画のユニットをつなげて、自分の人生にする。

自分を水晶の玉のようにイメージする(P177)

心を、光り輝いている水晶の玉のようにしておけば、相手からどんな色の水をつけられても、たとえすごく臭いものをつけられても、拭けばすっかりきれいになる。そういう心を持っていれば、外からの攻撃にはだいたい対処できる。

やりたい放題の人には鏡を見せる(P180)

反対に怒り返したら、自分がすでに相手に負けている。
鏡を見せるのはいたって簡単。罵っている相手に対して「ああ、そちらはすごく怒っているのだ。苦しいでしょうね。手も震えているようだ。簡単に怒るような性格みたいです。これからもいろいろ大変なことに出合うでしょうね。それで大丈夫ですか?心配ですよ」のように、とにかく相手の言うことに反論せず、相手の心境を善悪判断しないで心配する気持ちで説明すればいい。

「怒らないこと」は奇跡をもたらす(P199)

相手が自分を理不尽に罵っていても怒らないで、「まあね、心の自由だから、私には人の怒りは管理できないのだから」と穏やかにいたらどうなるだろう。
相手がカンカンに怒っている時でも、気にしないでニコッとしていると、そのうち不思議と相手も怒るのをやめて、やがてニコッと笑い、仲よくなってしまう。

◆『怒らないこと2』より

人は生まれつき怒っている(P24)

・生きている限り、人間は怒っている。
・生きることは「感覚があること」、そしてその感覚は「苦」。この「苦」が消える瞬間はない。ただ変化するだけ。
・絶え間ない「苦」=絶え間ない「怒り」

常に無常で変化し続ける「苦」という感覚があり、その「苦」の感覚が嫌で、「変えなきゃいけない」という希望がある。そのふたつの働きが「生きること」(P43)

「これがあれば幸せ」というのは、ぜんぶ「嫌だ」という気持ちから出発している(P49)

「欲」は「怒り」の別バージョン(P63)

私たちは生きているうちに一貫して「嫌な気分だ」ということを続けている。「嫌な気分だ」というのは、基本的な怒り。そして「どうして私はこの調子なのか」という風に観察が入るとはっきりした「怒り」。そうではなくて「こんなのは嫌だ。こうしてやるぞ」となると「欲」。どちらも「嫌な気分だ」という同じ感情から発生するバージョン違い。

豊かさの喜びは、その豊かさを他の共有することで出てくる(P111)

本当の楽しみは共有することで生まれる。いわゆる「布施」の精神。物惜しみは布施の反対で、すごく苦しい。

後悔は罪を大きくする(P123)

罪を犯したなら、それは確かに失敗。だが、過去を思い出して、「悪いことをした。なんてことをしたんだ」と思い返すと、罪を再生することになる。本当は罪を犯したら「もう今度は失敗しないぞ、罪を犯さないぞ」と思うのが正しいのに、「ああ、何てことをしたんだ。俺ってだめだ」と後悔してストップすると、罪がどんどん増殖・培養してしまう。

10種類の怒りに、繊細に気づく(P132)

10種類のデータをしっかりと理解して頭に入れよう。
犯人捜しの例でいえば、「どこどこの場所に、こういう格好の人がいるよ」という情報があればあるほど、犯人が見つけやすいのと同じ。種類ごとにしっかりと理解すれば、心を観察した時にすぐに発見できる。

怒りは理解することでなくなるのであって、戦ってなくなるのではない(P138)

怒りに対して怒りで対処したら、燃え尽きて自分がなくなるだけ。

怒ってしまったら「フリーズ」する(P140)

もし怒ってしまったら、何もしないで、何も言わないで、その時生まれた怒りを放っておく。怒りに「考える」という燃料をあげないで、心まで止める。頭の思考も、言葉を発することも、体を動かすことも突然やめて、フリーズ状態になってみる。ただ止まって黙っていればいいだけ。

1分フリーズしても怒りがおさまらない時は(P141)

呼吸を数える。ゆっくり「1・2・3・4・5」と数えながら大きく吸う。次に、ゆっくり「1・2・3・4・5」と数えながら大きく吐く。数えることで心を止めるので、10回くらいくり返せば感情は消えている。

「私」は概念に過ぎない(P151)

見るたびに、聞くたびに、とにかく何かを感じるたびに「私」という実感が生まれる。「私が見てる」「私が聞いてる」「私が味わってる」と思う。しかしそれは、言語で、言葉の上で、感じるたびに「私」という実感が生まれるということ。つまり、「ただの概念でしょう?」ということ。

まず、怒りを最小限にする(P177)

「適度・適量を知る」「余分なものはカットする」生き方をする。余分なものをカットした分、自分の怒りはなくなる。もちろん、適度の部分では生まれるが、「無量」から「適度」になったらすごい違いになる。まずは「無量」から「適度」を目指す。

「これではだめ。もっとやらなくちゃ」は怒り(P212)

向上心とは言えない。怒りは「向上したい」ではなく、「破壊したい」になる。

必要なのは、喜びを感じること(P222)

喜びこそが「生きることは苦」という現実を緩和してくれる。何かをやる上で、喜び・充実感を感じなさい、達成感を感じなさい、ということが大切なポイント。
怒りで行うことは、ひとつひとつ、もれなく苦しい。