「平均」が実はほとんど根拠がなく、「信仰」と言ってもいい程度のものだと知り、衝撃を受けた。
◆目次◆
はじめに―みんなと同じになるための競争
第1部 平均の時代
第1章 平均の発明
第2章 私たちの世界はいかにして標準化されたか
第3章 平均を王座から引きずりおろす
第2部 個性の原理
第4章 才能にはバラツキがある
第5章 特性は神話である
第6章 私たちは誰もが、行く人の少ない道を歩んでいる
第3部 個人の時代
第7章 企業が個性を重視すると
第8章 高等教育に平均はいらない
第9章 「機会均等」の解釈を見直す謝辞
訳者あとがき
原注
この本は「平均的な人間は誰もいない」というシンプルな考え方がベースになっている。
ここでの大前提は「平均的な人間に基づいて設計されたシステムは最終的に失敗する」というもの。いかに平均というのがあてにならない数値なのかを、さまざまな実例を挙げて示してくれる。その内容はショッキングだ。
米空軍機のコックピットは、もともと「平均的なパイロット」のデータを元に設計されていた。しかし、事故の多さからさまざまな検証が行われ、実は“「平均的なパイロット」(この場合は体のサイズ)に当てはまる人は存在しない”ことが判明した。
この結果を踏まえて自分のサイズに合わせて調節できるようなコックピットに変更した結果、事故は減ったという。
著者はハーバード教育大学院に所属する心理学者。さぞエリートコースを歩んできたのだろうと思うが、高校中退後にさまざまな仕事を転々とし、苦労して大学に進む頃にはすでに妻子持ち、というすごい経歴の人だ。
平均主義とは何か、その歴史的背景から学問としての流れをたどる壮大な構成の本なのに、ところどころ著者自身のエピソードが挟まれているのが「箸休め」的なアクセントになっている。そして、それがこの本をリアルなものにしている。
現代のしくみの多くが「平均」または「平均との比較」から作られているが、その概念ができたのは19世紀半ばで、それを作ったのはたったの2人、というのだから驚く。
当時の世の中には必要な面もあったかもしれないが、それがそのまま100年以上もそのまま受け継がれているのは不思議だ。
はじめは学術的な意味しかなかった「平均」が企業や学校に取り入れられたのは、当時工業経済へと移行しつつあったアメリカに、効率化が必要だ、と考えた人物がいたからだ。この人物*1が労働者とそれをマネジメントするマネージャー、というしくみが最も効率的であると考え、それが広く受け入れられた。その結果、「労働者」を作るために学校のカリキュラムが変わっていったという。
個性は要らない。効率よく言われたとおりに動く労働者が求められ、学校はそのために存在したのだ。そして、それは今も変わっていない。
現在の高等教育制度は標準化されたカリキュラムでの成績に基づいて、学生をランク付けしたうえで分類することが本来の目的なのだ。
(中略)
画一的な評価に基づいたランキングばかりが常に注目されるので、どの学生も平均的な学生とまったく同じに行動せざるを得ない。みんなと同じ場所で、みんなよりも秀でなければならないのだ(P212)。
「統計学」は、従来の平均主義で使われる数字を扱う学問。現在は「統計学」がまるで帝王のような扱いをされているが、その前提がゆらぐ。
著者は平均主義から脱し、個性的に生きていくことを提唱している。
成功への道がどのような道か想像できるのは、自分自身のほかにいなかった。想像するためにはまず、自分がどんな人間なのかきちんと理解しておかなければならない。
私たちは全員が特殊なケースなのだ。個性に関する一連の原理を理解すれば、あなたはこれ以上ないほどうまく人生をコントロールできるようになる。平均が押し付けてくる型にこだわらず、ありのままの自分と向き合えるようになるからだ。……あなたに最もふさわしいのは、足を踏み入れた人が少ない道のほうだ。さあ、勇気を出して新しい道に一歩を踏み出し、まだ誰も進んだことのない方向を目指そう。平均的な経路をたどるよりも、成功する可能性は確実に高くなる(P183-184)。
ここでいう「個性に関する一連の原理」とは次の3つ。
1.バラツキの原理
体だけではなく、才能、知性、性格、独創性など、私たちが重視する人間の特質のほぼすべてに、実はバラツキが認められる。
2.コンテクストの原理
個人の行動はコンテクストすなわち特別の状況に左右される。
3.迂回路の原理
人間の身体、精神、モラル、職業など、いかなるタイプの成長についても、たったひとつの正常な経路など存在しない。
例)赤ちゃんが歩くまでのプロセスは人によって違う。「平均」との比較は意味がなく、「これが正常だ」と言えるものはない。
かの有名な「マシュマロ・テスト」が、もともとは逆の目的で行われていたと知り、驚いた。
本来は、「コンテクストによって行動が変わる」ことを証明するためだった*2。
例)ジャックがもしもオフィスにいる時ならば非常に外交的であり、もしも大勢の他人の中にいる時ならばやや外交的で、もしもストレスを感じているならば非常に内向的、など
なのに、今では「本質的な性格が一生を決めてしまう」という意味合いで有名なのだから、皮肉としか言いようがない。
著者はなぜ高校時代ほぼDという成績から大学ではオールAになったのか。
それには戦略があったという。カリキュラムを精査し、自分が集中力や能力を発揮できる(コンテクストも含む)ものだけに絞り込んだのだ。
担当教官のアドバイスは無視したそうだ。なぜなら、自分のことを一番わかっているのは自分だから。
このエピソードは興味深い。ただ、「自分のことを自分が一番よくわかっている」と言い切れる人はどのくらいいるのだろう。
“自分の取扱説明書”を、周りの人などにも聞いて書いてみるといいかもしれない。
そういう著者自身も、自分で自分のことがよくわかっていなかったエピソードが出てくる。それは大学院進学のための「標準テスト」を受ける時の話だ。
その中の「分析的思考」だけが、いくら勉強しても成績が上がらなかったのだそうだ。指導教官が勧める方法を繰り返してもまったく結果が出ない。2週間前に父親から「お前は作動記憶*3があまりよくないのに、その方法を使うのはおかしくないか」と言われ、得意な「視覚的思考」を使ってみることをアドバイスされた。
そのおかげで、最高得点で合格できたという。
そんな風に、客観的に自分の強みと弱みを自分で分析できる、または分析してくれる人が周りにいることがとても重要だ。
平均思考から抜け出しましょう、勇気を持って人が通っていない道を進みましょう、とあるが、もう少しその辺りを掘り下げてくわしく書いてほしかった。
「はじめに」を読んで期待が高まるのに、実際にはケーキの上に振りかけた粉砂糖程度のことしか書かれていないからだ。そこだけがちょっと残念。
オーソドックスな「翻訳本」なので、読むのはちょっと大変。でも、とても読みごたえのある1冊。世の中の「平均至上主義」から抜け出せる、ちょっと違う視点を持てるというだけでも、読む価値があります。
私のアクション:自分の得意なことを再確認する
■レベル:破 「常識」がどんどん破壊されるような内容です
※この本のメモはありません