【お断り】個人的にまとめたメモです。個人の感想と本の内容は区別できるようにしていますが、著者の意図から離れていることもあるかもしれません。ご了承ください
■つまり、「見えるもの」を代表とする五感で感じられるものが具体で、そこから「見えない特徴」を抜き出したものが抽象という関係です(P28)。
■言葉は、事実の一部を切り取ったもの(P45)
この「世の中の現象の一部を切り取って単純に表現している」ことに注目すれば、言葉というのは具体的なものやことを抽象に変えているという、この本がテーマにしている「具体→抽象」という抽象化そのものであることがわかります。「状況や目的に応じて複雑なものを単純化している」ものと表現できるでしょう。
■簡潔に説明できる人、できない人(P50)
抽象化してまとめた言葉や概念をあつかうことができないと、周りの人から「話の長い要領を得ない人」と思われることになります。逆にいえは、抽象化がうまくできるようになると、「要点を簡潔に説明できる人」になれるということです。
■法則や定理を学んだり練習問題を解いたりするのは、ルールを日常生活で適用するための「抽象→具体」という頭の使い方を学んでいるともいえるのです(P72)。
■考えるとは「抽象化したり負体化したりすること」を指します。
抽象化の代表例がWhyという理由や目的を問うことで、具体化の代表例がHowという実現手段を問うことなのです(P84)。
■抽象レベルで考えるとは、全体のバランスを見て優先順位をつけることで、個々の対戦ではかなわない相手を総合成績で上回るためのものといえます。スポーツならば、ここが監督の出番です。
同じ戦術をもって個々の選手の能力で上回れない相手とどうやって戦うか、ここに抽象レベルの腕の見せどころがあるのです。
(中略)
先に決めるのが「どこで戦うか」で、その後に「どうやって勝つか」が来るのです。どうやって勝つかばかりに気を取られておろそかになってしまうことがありますが、何の試合でも「勝てそうな試合を選ぶ」というのは想像以上に重要な役割を占めます。
(中略)
別の観点で表現すると、具体レベルでは「すべて勝ちに行く」ことが必要になりますが、抽象レベルでは「いかに手抜きをするか」という優先順位の問題が出てきます。
要は「捨て試合」や「捨て問」をどのように見きわめるか、という視点が抽象レベルでは求められるのです(P110-1)。
■私たちの学習というのは、小学校→中学校→高校→大学と進むにつれて難易度が高くなっていきますが、その側面として、一つ一つ段階が上がるごとに、内容の抽象度が上がっていくということがあげられます。
つまりそれによって、私たちが学んでいることの応用範囲が圧倒的に上がっていくのです(P117)。
■写実画は情報量が多い=制作そのものには時間がかかることは違いないかもしれませんが、必ずしも抽象画の方が制作においては楽ですぐにできるということを意味しません。
なぜなら、抽象的な作品というのは、着実に何かを描写するわけではなく、そこから何らかのものを抽出して再構成するという難易度の高い思考作業を必要とするからです。これは、すべての抽象化の作業にあてはまります(P136-7)。
■このように「暗闇でものを探す」(情報や知識・経験が少なくて、手がかりが少ないときに解決策を考える)ときには、「ぼんやりしているが広い範囲を照らす」懐中電灯(抽象的なこと)で探しはじめて「範囲は狭くなるが、部分的に明るく照らすことができる」レーザーポインタのようなものに切り替えていくことで、無駄な動きをせず、ものを探せるようになる(P153)
■他人を褒めるとき、具体的な言葉を選ぶ(P154)
・その人にしかあてはまらない表現をする
・一般的な特徴ではなく、個別の出来事に触れる
・一言ですますのではなく、細かく描写する
・理屈でなく感情に訴える