毎日「ゴキゲン♪」の法則

自分を成長させる読書日記。今の関心は習慣化、生産性、手帳・ノート術です。

天才の頭の中身☆☆☆

4103016728勝ち続ける力
羽生 善治・柳瀬尚紀
新潮社
2009-05

価格 \1,470
by G-Tools
はじめにお断りしておくが、私は将棋のことはまったくわからない。子どもの頃、ひと通り父親から教えてもらったので駒の並べ方と動きくらいはわかるが、今はもうできないと思う。
にもかかわらず、なぜ羽生さんの本を読むのか?将棋に興味があるのではなく、羽生さんという天才に興味があるのだ、というのが近いと思う。

それに、この本は柳瀬尚紀さんという、これまた天才的な翻訳家との対談なのだ。私は翻訳家になろうと勉強していた時期があり、そのきっかけが実は柳瀬さんだった。この人も天才なので「こんな風になりたい!」というのは今思えば無茶な挑戦だったのだが、私にとってこのおふたりの対談は夢のよう*1でありがたく読んだ。

柳瀬さんをご存じない方はWikipediaをご覧くださいジェイムズ・ジョイスというアイルランド出身の小説家の作品は「ジョイス語」と呼ばれる独特の表現のため、日本語への翻訳は不可能といわれていたのだが、それをできるだけ原文に忠実に訳したのが柳瀬さんだ*2
将棋好きなのはエッセイなどで知っていたが、将棋雑誌に記事を書いたり*3、羽生さんと対談して本を出せるほど交流があるとは知らなかった。


とにかく、この本を読んで驚いたのは羽生さんの博学さ、というか知的好奇心の強さだ。いろんなことをよく知っていることが言葉のはしばしからうかがえる。表面的にとりあえず押さえました、というのとは違うのだ。それは柳瀬さんの仕事「翻訳」に対しても感じた。おそらく、羽生さんは頭を使うことが好きなのだと思う。もちろん将棋が一番楽しい頭の使い方だが、他に興味もあるものも、「頭が使えて楽しい」というのが基準になっているような気がした。そうじゃなければ、あんなに何百手も先の可能性を1時間以上も考え続けられないだろう。

羽生さんはまわりの興味が「いかにしてあんなにたくさんの棋譜を覚えられるのか」なのに対し、「いかに忘れるかの方が大事」「覚えるために忘れる」と発言している。それも驚きだし、勝負の世界のはずなのに勝ち負け以上に目指しているものがあるとか、凡人にはびっくりすることがたくさんあった。
この本を読むだけで知的冒険をさせてもらったような気がする。普通の人が普通に生活していたら絶対に感じないことを、少しだけ一緒に体験させてもらったような興奮があった。

また、個人的なことだが、この本を読んで仕事に対する悩みがクリアになった。羽生さんはくり返し「実戦が大事」と言い、柳瀬さんも「翻訳とは実践である」という信条を持つ人だ。やはり現場主義というか、実際にやっている人が一番強いのだ、と勇気づけてもらえた。

将棋ファンの方と読み方はまったく違うかもしれないが、知らなくても興味深く読める本だと思う。


以下は私のメモなので、興味のある方はどうぞ。

実戦と実践

(柳瀬氏の発言より)
さきほど、「実際は」という言葉をお使いになりました。また、これまで2回の対談でも、ずっと「実戦では」という言葉が出てきています。僕も「翻訳」という分野についていえば、翻訳についてああだこうだ論じても仕方がないと考えているんです。とにかく翻訳は実践であり、実践というのは、実際にプラクティカルに行うということです。だから、翻訳というジャンルにおいては、将棋の実戦、実際に戦うことの意味が、実際に活字にしてゆくという実践との類推で、多少わかるような気がする(後略)。

*1:1995年刊『対局する言葉』もあります

*2:本書P159に『フィネガンズ・ウェイク』冒頭が紹介されている。ちょっと読んだだけで普通の人にはできない偉業ということがよくわかります…

*3:しかも記者として対局室に入室した経験もある