毎日「ゴキゲン♪」の法則

自分を成長させる読書日記。今の関心は習慣化、生産性、手帳・ノート術です。

限界は心が作っている☆☆

著者の小西浩文さんは、“8000メートル級の山すべてを無酸素で登頂する”という目標に挑戦している登山家だ。
昨日の日記も出てきた井上和幸さんに薦められたので読んでみた*1


空気の薄い山に無酸素で登る。そこには想像もつかない危険があり、小西さんはこれまでに55人の仲間を山で失ったそうだ。その人たちと小西さんは何が違ったのか。それは、「目標設定」が違っていたからだそうだ。


普通の登山家は「登頂」が目標だ。だから、降りてくる時は目標達成後で気が緩んでいる。しかし、小西さんは「生きて帰る」ことが目的なので、無事に帰り着くまで気を抜かない。いかに目標設定が大切かがわかる。

生き残らなければ、目標とする山をすべて登頂することはできない。生き残らなければ、成功したことにならない。「結果として勝っていればいい」という考え方は、ご本人も少し触れられているが宮本武蔵に近いかもしれない。


また、酸素がほとんどない山に酸素ボンベなしで登るには、相当なトレーニングが必要だろうと思うが、もっとも大切なのは心のトレーニングなのだそうだ。なぜなら、限界というのは自分の心が生み出すものだからだ。

登山家の体験談というと、私たちには無関係のように感じるが、この本を書いたきっかけは実は講演会だったそうだ。ビジネスパーソンにも役に立つと評判だったことから、この本はビジネス社会で自分の限界をどう超えていくか、という観点から書かれている。なので、純粋に登山の話を読みたい方は注意が必要だ*2

極限に挑み続けている人の話なので、厳しいところもたくさんある。ものすごくストイックなので読みながら眉間にしわが寄りそうだったが、心のコントロール方法などにはとても説得力があった。

心を鍛えたい人はぜひ読んでみてください。自分にない視点からものを見るきっかけにもなります。


以下は私のメモなので、興味のある方はどうぞ。

人間は困難がないと成長できない(P16)

腕立て伏せが、10回が限界だという男がいる。彼がどうにか11回できるようになりたいと思ったら、毎日、自分の“限界値”である10回の腕立て伏せを続ける「困難」を受け容れなければ、絶対に11回できるようにはならないだろう。

「欲望」を「夢」に置き換える(P20)

人生において、何かの目標を抱いている人は、そこにつきまとう困難を、つまり「限界」を超えなければならないというのが私の基本的な考え方である。そこで「好き」や「嫌い」は関係ないが、絶対に必要なものは「欲」だ。
(中略)
もしあなたが自らの成長のため、限界を超えようと決意したら、自分の「欲」を肯定して原動力にすべきなのだ。自分が何をしたいのか、何を欲しているのかということと真摯に向き合わなくてはいけない。

「執着」せずに「集中」する(P22)

限界を超えるためには、「執着」するのではなく、夢に「集中」すべきである。
(中略)
「集中」とは心が自由な状態、「執着」とは心をがんじがらめにしてしまっている状態だ。
(中略)
わかりやすく言えば、「執着」はストーカーだ。そのような精神状態は、物事を台無しにして事故やトラブルを引き起こし、自分を破滅に導く。

心が変われば、あなたが見ている「世界」は一変する(P27)

そんな(=肉体の限界)場所で突然体の奥底からパワーがわいてくる時がある。それは「頂上が」間近に手が届く場所に見えた時だ。
(中略)
頂上が見えた瞬間、肉体が劇的な変化を遂げるなんてことは科学的にもありえない。にもかかわらず、動かなかった足が動き、疲労が吹き飛ぶ。これはいったいどういうことかというと、「心のスイッチ」が切り替わったのだ。

限界を超えれば「出会い」も変わる(P33)

限界を超えれば、これまで縁がないような人とも巡り合えるようになる。なぜかというと、目に映る世界が変われば、行動も変わるからだ。話す内容も変われば、興味の対象も変わっていく。当然、関わっていく人も変わっていく。

「できません」は思考停止(P39)

大切なのは、「無理です」と言って考えることをやめてしまうのではなく、より新たな可能性を求めるモードに切り替える「想像力」なのだ。

「誰かのため」ではなく「自分のため」(P50)

苦しくて心が折れそうになった時、恐怖で足がすくんでしまいそうになった時こそ、「自分」というものと真摯に向き合わねばならないということだ。
この苦しい場所に、恐ろしい場所になぜ自分はいるのか。ほかでもない、自分が選択したからだ。自分が来たかったからだ。誰かにだまされて連れてこられたわけではない。誰かのために来たわけでもない。自分のために来たのだ。
そのような「自分」を、もう一度思い出すのである。なぜ、何をしにここまで自分はやって来たのかと、真正面から向き合わなくてはいけない。だから、いい加減な気持ちでは苦しみや恐怖に打ち勝つことはできないのだ。

心のトレーニング(P55)

私が心がけて行っているのは、「ネガティブな感情にひっぱられず、心を平静に保つ」ということだけだ。
(中略)
人間なら、このような「感情」が出るのが当たり前なので、それに振り回されないというのは、実はかなり至難の業だ。しかも、それを24時間、少なくとも起きている間、続けるのだ。
(中略)
人間というのは死ぬまで成長できる生き物である。つまり、死ぬまで「オン」なのだ。だからこそ電車に乗っている時にも、歩いている時にも、腹の立つような嫌な取引先からお説教をされている時も、区分けすることなく、同じ「心」であるべきなのだ。
考え方を変えれば、ストレスが多い現代社会の人々は、逆にこのような「心」のトレーニングをする豊富な機会に恵まれている。

目標と目的を誤るな(P64)

多くの登山家は頂上を目標にするので、それを達成したあとに緊張感が欠けて、集中力が著しく低下する。つまりは「バーンアウト燃え尽き症候群)」になってしまうのだ。それを避けるためには、目標を「第1目標と」「第2目標」に分けることだ。
(中略)
私は「登山の達人」になるという最大の目標のため、「8000メートル峰14座無酸素登頂」という、より小さな目標をクリアしているのだ。
「達人」になるには、何より生き残ることが条件にある。だから、通過点となるひとつの目標を達成したところで、私の集中力が欠けることはないのだ。

執着が生む失敗(P66)

あまり知られていないが、登山の事故が発生するケースとしてもうひとつ多いのは、登頂を断念した時だ。
(中略)
これはなぜかというと、頂上に強い未練が残っているためだ。つまり、手が届きかけた頂上という目標に対してまだ「執着」しているため、集中力が欠如してしまうのである。
(中略)
このような「執着」は「心のすき」を生み、冷静な判断力や集中力を低下させる。天候が悪化した環境の中で下山するのだから、これは非常に危険な状態である。
「執着」が恐ろしいのは、判断力や集中力への影響力だけではない、身体能力にも悪い影響が出る。
(中略)

心身の大原則(P68)

心と体はつながっている。もし心に「執着」という重しがつけば、当然体も重くなる。逆に「集中」していれば、心は自由で体も自由自在に動く。これが登山を通じて、私が学んだ心身の大原則である。

結果として勝負に勝てばいい(P78)

いかにいい流れであろうとも、悪い流れであろうとも、最後に勝っていればいい。どんなに格好をつけたところで、最後まで倒れることなく立っている人間の勝ちなのである。

あきらめないことが肝心(P85)

戦いの現実ではそんなに美しいものではない。いくら格好悪くても、周囲から馬鹿にされようとも、最後まで生き抜いた人間が勝利者である、後世でも「成功者」だと評価される。

失敗をしても反省は10分だけ(P88)

失敗をしてしまってネガティブな感情が湧き上がるのは、自然なことだ。
「失敗をしても全然気にならない。反省もしない」
というのは脳天気を通り越して、単なる大馬鹿者である。
そんな「失敗」という自然現象を無理に封じ込めても、必ず無理が出る。だから「10分間」という期限を設けて、その時間だけネガティブな思いにとらわれるのだ。
「自分はダメな人間だ」
「何であんなミスを」
「恥ずかしくて、穴があったら入りたい」
といくらでも悔やんでいい。だが、10分を過ぎ、11分経ったらスパッときれいに忘れている。そんな失敗など初めからなかったかのような精神状態になっていなくてはならない。
(中略)
それは一流アスリートも、ビジネスマンも、そして私のような登山家も同じ。「忘れる」という技術に長けた人が、どんな世界でも一流になるのだ。

「忘れる」ためのふたつのコツ(P90)

1.よいことも忘れる
嫌な記憶だけではなく、成功をつかんだ楽しい記憶も合わせて引きずらない。簡単に言うと、過去を引きずらない。すべてを忘れるということだ。
2.徐々に楽天的な考えにもっていく
もし、上司に人格を否定されるようなことまでガミガミとどやされて落ち込んでも、期限の10分が近づいたら、「こんな年齢になって、ここまで親身に言ってくれる人はいない」と、すべてを自分にとっていい方向に考えなくてはならないのだ。
そして、10分が経ったら、そのような考えが「確信」に変わり、11分になったら、すべてを忘れていなくてはならない。
人間は、後悔する生き物だ。「後悔する」という欲求自体を抑えることはできないが、「後悔」の終わり方をコントロールすることが重要なのだ。

「敗因の分析」は徹底的に(P91)

ここで勘違いをして欲しくないのは、反省は10分で終わらせても、敗因の分析には何時間、何日費やしてもかまわないということだ。
(中略)
自分を責めるのは10分で終わり。この作業にはもはや他人の失敗を冷静に見連れているような「客観性」が必要だと思ってほしい。それでも、どうしてもネガティブな思いにとらわれてしまうようならば、「敗因の分析」だと思わず、これは「勝つための段取り」だと考えるべきだ。頭はすでに「次のため」に切り替え、勝つための準備だと思って、負けないための分析をするのだ。

「心」には限界がない(P188)

「心」によって、見ている世界が激変する。これこそが、人間が持っている「心」の本質なのだ。
仕事でも人間関係でも何でもいい、あなたが「限界」を超えようと思ったら、まずはあなたが無意識に作っている「心」の限界を取りのぞくことが必要だ。
限界を超える技術、それは誰かとの競争ではない。何かとの争いではない。「限界」を作り出している「あなた」自身との戦いなのだ。

*1:実は教えてもらったのは3月だったんですが、図書館で借りたらこんな時期になってしまいました

*2:私は読んでいませんが長尾三郎著『無酸素登頂8000メートル14座』があるそうです