毎日「ゴキゲン♪」の法則

自分を成長させる読書日記。今の関心は習慣化、生産性、手帳・ノート術です。

人は自ら進んで苦しんでいる☆☆☆☆☆

ブッダにならう 苦しまない練習
小池 龍之介
小学館(2011/03/30)
¥ 1,404
※文庫版あり→『苦しまない練習 (小学館文庫)』(¥ 596)

小池龍之介さんの「練習3部作」(と勝手に命名)の2作目。実は、3部作の中で一番心に響いた。なぜなら、私はしょっちゅう「苦しんでいる」からだ。

もちろん、この本を読むまでそんな自覚はなかった。
ところが、読んでみると「そうか、苦しんでいたんだ」と腑に落ちたのだ。すーっと自覚できたような、不思議な感覚だった。


◆目次◆
はじめに
第1章 人づきあいを整え直す
lesson1 非難に備える
lesson2 大人になる
lesson3 家族との距離をはかる
lesson4 親孝行をする
lesson5 パートナーを安らがせる
lesson6 真の友を見わける
lesson7 良き人と歩む
lesson8 別れに耐える
lesson9 悪魔から身を守る

第2章 不機嫌な心を静める
lesson10 自己を整える
lesson11 自分に勝つ
lesson12 嘘をつかない
lesson13 業を良くする
lesson14 孤独を味わう
lesson15 精進する
lesson16 不自由さを受け入れる
lesson17 この瞬間を生きる

第3章 本当の自分を知る
lesson18 美化しない
lesson19 身体を見つめる
lesson20 外見のこだわりを捨てる
lesson21 呼吸を静める
lesson22 脳の幻覚を見破る
lesson23 意見を離れる
lesson24 プライドを捨てる
lesson25 死の準備をする

「苦しみ」のもともとのしくみは、体の反応だそうだ。
よく言われる「闘争か、逃走か?」の状況に置かれた時に出る神経物質がその原因らしい。
「危険だ、逃げろ!」という信号が出る時に起きるのが「不快な状態」「苦しみ」なのだが、脳内物質には中毒性があるので、つい癖になってしまうのだそうだ。

 生き延びるために仕組まれているはずの「苦しみ」は、それが麻薬的に神経を蝕むがゆえに、放っておくとこのように暴走してしまう。その暴走を食い止めるべく、「むやみに苦しまない」練習をしてみましょう、というのが本書の中心テーマです(P6)。

人は無自覚に考えたり行動したりしゃべったりしているが、実は苦しみを増やしていた、ということが多いそうだ。
気づく方法は身体感覚。実は苦しいんだな、ということが感覚でわかると、そこから抜けることができる。


レッスンは全部で25。さまざまな面から「これは苦しいでしょ」「こんな風に考えたら実は苦しい」と教えてくれる。そして、どう変われば苦しみから解放されるのかも書いてある。
もちろん、その答は仏道によるもので、初めて聞くものの方がたぶん少ないだろう。
それでも、こう考えたら「苦しみ」が減るんだ、と明確に書いてある本は今までなかったと思うので、私にとってはとても実践的な本だった。
瞑想をしましょう、坐禅をしましょう、とは書いてないが、これはたぶん瞑想をしていれば得られることだろう、というのも何となくわかる。


中でも、私にとって大きかったのは業(カルマ)の考え方。
宗教やスピリチュアル系の本には必ずと言っていいほど出てくる言葉だが、「前世の報い」といったおどろおどろしい、今の自分にはどうしようもない(過去生のあなたがこんなことをしたからです、と言われても…)というイメージしかなく、今まではこれを出されるとちょっと受け入れられない、という感じだった。


ところが、この本で説かれる業はちょっと違う。

業とは、「心の中に蓄えられて次の感情を生み出すエネルギー」程度に理解すれば良いでしょう。業は、過去からずっと原因と結果の連鎖を織りなしつつ、新たな感情を生み出しています。
(中略)
…何かを思ったり、何かを言ったり、行動したりすることによって、ある印象が心に刻み込まれ、そのエネルギーの余波が次の感情を生み出し、結果として、良い感情や悪い感情を我が身にもたらすということです。
(中略)
 業とは心のエネルギーですから、何かを思うことによって、自分の心に植え付けられ、植え付けられたエネルギーの余波が例えば10分後、1時間後、1週間後、1年後に、必ずやそれにふさわしい喜びや悲しみの感情を反復します(P117-118)。

これなら納得できる。善行をするのはもちろん、いいことを願ったり、相手の幸せを祈るだけでも徳を積むことになる、と前に聞いたことがあるが、これの反対が業と考えればいいのだ。


小池さんは『超訳 ブッダの言葉』も出されているが、この本でもたくさんの教典からとてもわかりやすい訳が載っているので、いろいろな教えがとても身近に感じられる。


ついつい無意識のうちに苦しむ方を選んでいる人は多いはず。
「もしかして自分も?」と思った方はぜひ読んでみてください。
私のアクション:嫌な思いをしたら、「自業自得」を思い出して怒りを流す
関連記事
読書日記:『こだわらない練習』
読書日記:『考えない練習』


以下は私のメモなので、興味のある方はどうぞ。※メモに関してこちらをご覧ください。

言われていることが正しいかどうか判断する基準(P6)

ブッダの言葉
「それが苦しみを増やすものなら間違っている。苦しみをなくすものなら、それが正しいと言える」

先に自分が変わる(P46)

相手が悪い、と責めてもその人は変わらない。
まず、自分が相手に対して怒るのをやめる。

周囲の人の心が穏やかになり、自分に対して嫌な波を送ってこなくなると、その人も自然と冷静にならざるを得ない。すると、実は自分が変な言い方をしていたことを自分で自然にわかってしまう。そして、自分でセーブするようになる。

まず自分の心がぶれないようにルールを守り、まず自分が他人に鷹揚に分け与えていく姿を見せる(P46)

人は相手に対していい印象を抱いたら、相手のやり方を少し取り入れてみようと思うもの。相手が美味しそうに食べているのを見たら、つい同じものを食べたくなる。相手のいい印象を受けて無意識のうちにその真似をしたくなるような習性が私たちの心にはある。

相手を見ることより大切なのは、自分の心を見ること(P88)

相手のしたことゆえに自分の城が攻め込まれていると思うかもしれないが、それを気にしさえしなければ、相手が何をしようとしても心に毒は侵入できない。本当は、相手がしたことに対して嫌悪したり、腹を立てたり、疑惑を覚えて混乱するという、自分の中にいる悪魔の軍隊に攻め込まれているのだと省みること。

怒ったら負け(P102)

怒らないでいられる人は、心が乱れた人に対して精神的優位に立っている。
(中略)
何かの拍子についイラッとしたり、嫌な気分になってしまうことは日常生活でしばしばあることだが、「何があっても、怒らない心によって、怒りに勝つのだ」と心を戒めていれば、だんだん怒らなくなってくる。
仮にどんなことをされようが、どんな嫌みを言われようが、「ま、いっか」と。

本当のことを言っているのが一番楽(P111)

嘘はついた相手を傷つけるので、その刃はいつか自分に帰ってきて、自分も傷つける。

苦しまないために、嘘をつかない練習を(P114)

軽い嘘であっても、どんな嘘でも、嘘をつくことで最も良くないのは、自分が思っていないことを言うことを通じて、心のストレスが強まること。

「愛されたい」のは依存(P130)

私たちは寂しがり屋のために、やたら他人と「つながれた」「共有できた」と錯覚したがるが、そのために人間関係がうまく行かなくなる。

「実は世界は共有されていない」潔くそう覚悟する(P130)

孤独を受け入れないことで、世界は共有できるという錯覚が生まれ、結果、相手に求める感情が爆発し、余計に寂しくなっていくというスパイラルが生じる。

「今この瞬間」に集中する(P154)

今、この瞬間の心の充足を積み重ねていくことによって、結果として、未来の時間がやってきた時に過去も充足している。仏道は、そのコマ切れの瞬間瞬間をひたすら味わってゆく心のトレーニング。

身体を見つめる(P166)

自分の自然な身体動作がどうなっているのかを、常に意識する。あらゆる動作において今、自分がこれをしているという認識を保つ。
意識し続けることによって、常にその現象に対して集中するようにする。他のことや過去のこと、未来のことに意識をさまよわせるのではなく、常にこの瞬間にやっていることの中に心を留めておく。

これも「考えない練習」(P168)

「手を上げている」「本に手を触れている」「本を開いている」「ページをめくっている」「本を閉じている」「手を戻している」「手を戻し終わった」「手をひざに向けている」「手をひざに置いた」「暑さを感じている」「車の音が聞こえている」「足を動かそうとしている」……。
会話中も同じように「今、話している」「今、黙った」「今、話し始めた」「手を口の前で揺らしている」……。
ふだんからこれを心がけていれば、今していることを明晰に認知する訓練ができる。
そして、悩み苦しみのない生活を送るための特効薬になる。なぜなら、悩む理由はただひとつ、今やっていることとは関係のないことを考えているから。
「考える」というのは、「今これをしている」に意識を留めるのではなく、「次にこれをしたい」とか「さっき、あんなことがあって嫌だった」など、今、この瞬間に行っていることから心が逃げてしまうことによって生じる。

仏道の真髄は、「やめようと思ってやめるのではなく、意識すれば、自然に良くないことは消えていく」(P172)

これが「智慧の力」。
姿勢が悪くなっていたら、特に姿勢を直そうとしなくても、「身体が曲がっている」という情報を大脳にフィードバックしてやっているうちに、自然と姿勢が整ってくる。
(中略)
身体に限らない。
ある感情が出てきた時、その感情を無理に止めようと思っても止められないが、その感情を見つめていれば、その感情は自然に消えていく。

呼吸に意識を向ける(P186)

意識のセンサーを鋭敏にすることで、呼吸の長短、強弱の加減に気づくことができるようになり、さらに自分の心の乱れにも敏感に気づけるようになり、さらに自分の心の乱れにも気づけるようになる。
意気の乱れに気づけば、心にはそれを勝手にリペアする力が備わっている。それが「念」の力、気づく力。
(中略)
この自動的な智慧の働きを活性化させるコツは、荒い息に気づいた時には荒い息を追い払おうとか整えようとかジタバタせず、荒い息と仲良くしてあげるように、荒いままに感じ取ってやること。

「平常心」を保つ(P212)

何ができたら自分の中で評価を上げる、失敗したら評価を下げる……このような条件付けを儀式のようにいちいち繰り返す人は、外界の変化に対して、打たれ弱い性格になっていく。
そういう条件に依存せず、外界の変化にも左右されない心が、平常心。真に意味でゆるぎなく、自分自身に拠って立っていれば、「何があっても大丈夫」と思える。