毎日「ゴキゲン♪」の法則

自分を成長させる読書日記。今の関心は習慣化、生産性、手帳・ノート術です。

悟るとは何か☆☆☆

4884748034人生生涯小僧のこころ
―大峯千日回峰行者が超人的修行の末につかんだ世界

塩沼 亮潤
致知出版社
2008-03

価格 ¥ 1,680

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千日回峰行」というのは、仏教の修行のひとつで、合計千日間、毎日山道を歩き続ける厳しい行だ。瀬戸内寂聴さんの本で酒井雄哉さんという方のことを知り、世の中にはすごい人もいるものだなあと思った。何となく偉いお坊さんは年齢のいった方というイメージがあったが、30代でそれを成し遂げた人がいた。それがこの本の著者、塩沼亮潤さんだ。

酒井さんは比叡山だが、塩沼さんは関西では修験道の聖地として有名な奈良・大峯山金峯山寺で修行をされた。塩沼さんご自身が、子どもの頃酒井さんの千日回峰行のことをTVで見て以来、自分もやりたいと思われたそうなのだが、ご自身の修行は大峯山を選ばれたそうだ。


その修行の内容は想像を絶する。常に死と隣り合わせ、行の期間には体調不良はもちろん、嵐が来ようが雷が落ちようが休めない。

毎日つけていた日誌の一部が紹介されているが、これが日を追って内容が変わっていくのも興味深い。はじめの頃はあっちが痛い、これがたまらん、ばかりだったのが、だんだんそぎ落とされて行くのが手に取るようにわかる。

さらに、千日回峰行のあとに9日間の四無行(断食・断水・不眠・不臥)もされている。人間の限界を超えているので、これを終えると生き仏とされることもあるような厳しい行だ。

しかし、深いな、と思ったのはそれだけの行を満行してもどうしても苦手な人がひとりだけ残ってしまった、ということだ。すべての煩悩が洗い流されるのかと思ったらそうではなかったそうだ。それを素直に認められるところが素晴らしいが、下山して数年後に再会した時、ようやくその人を受け入れられたことで初めてお坊さんをやっていてよかった、と思われたそうだ。


この本を読むことで、もちろん自分は修験道を歩くわけではないが、心をきれいにすることができると感じた。大自然の中にいると自分のちっぽけさを知り、謙虚で素直な気持ちになるそうだ。
また、不平不満がなぜいけないのか、その答が書いてあった。

1に勤行、2に掃除、3に追従、4にあほうと申します。勤行、掃除、追従(人が喜ぶことを言う)までは誰でもできるのですが、4番目のあほう(自分を捨てる)にはなかなかなりきれません。自分の悪いところを指摘されると、どうしても感情を顔に出したり、言葉に出したりというのは、あほうになりきれていない、つまり我があるということです。 

以前神道系のセミナーに参加していた頃、先生が二言目には「それはエゴです」とおっしゃり、そのたびに私は何とも言えないいやな気持ちになっていたのだが、これが「我」というものだったのだ、とこの本を読んですとんと腑に落ちた。


ジャンルがジャンルなので万人向けではないかもしれないが、得るところの多い、心が洗われる本です。謙虚な気持ちになれます。
参考:千日回峰行(Wikipediaより)
比叡山での行の紹介なので一部違いがありますが、だいたいのことはわかると思います。


以下は私のメモなので、興味のある方はどうぞ。

自分のことは自分で

もちろん、千日回峰行の間も掃除、洗濯は自分でやります。山から帰ってくるとすぐに洗濯場に行き、地下足袋を洗い(中略)、次の日の用意が山のようにあります。ゆっくりとくつろぎたいところですが、ゆっくりしたらゆっくりした分、睡眠時間が減ります。1分でも早く体を休ませてあげなくてはいけません。

自分の気持ちは自分で引き上げる

しかし、そういう時でも「今日は噛み合わないから、もう駄目だ。適当にやろう」というのではなく、噛み合わない中でも最終的に自分の気持ちを最高の状態まで持って行けるように努力しました。その努力をくり返しているうちに、自分の気持ちを持ち上げるポイントをつかみました。そのポイントとはまわりの環境に左右されないようになったこと、ただそれだけのことでした。それからは、どんなに最悪な状況で、これ以上ないというくらいの最低の状態でも、行って帰ってくる間に必ずどこかで突破口を見つけて、最高の状態まで引き上げることができるようになりました。

今日やるべきことを明日に回さない

いったん行に入りますと、心の部分でも一切、手が抜けません。今日やるべき事は今日済ませて、明日に回さないように心がけました。
1日1日努力を惜しまず、その日にやらなければならないことをコツコツと根気よく丁寧にやっていくしかありません。もしもその日に手を抜いたら、必ず次の日にツケが回ってまいります。そうならないように、その日のことはその日に、あるいは次の日の分までやるつもりの心構えでいる方がいいと思います。

失敗して覚えたことが礎になる

はじめから知識として頭に入れるのではなく、自分で実修実験するのが修験です。自分で痛い思いをしてひとつひとつ気づいていくから実になります。人生において1回目の失敗は失敗ではなく、よい経験であるととらえて同じことをくり返さないことが大事です。

人と人の心をつなげるのに

技術は必要ありません。技術とか経験とかいうものは、時によっては毒にもなります。大切なのはたったひとつ、それは「心」です。人を思いやる心というのは、厳しすぎても駄目、優しすぎても駄目。たくさん失敗して、すり傷切り傷をたくさん作って、やっといい塩梅を見つけることができたのだと思います。でもそれで足を止めてしまったら旅が終わります。

今日より明日、明日より明後日
朝起きて御仏に手を合わせ、先祖に手を合わせ、よいことをして悪いことをしない。お天道様が西の空に傾いた時、「本当に今日もありがとうございました」と何ごともなく過ぎた1日に感謝し、心の中で手を合わせる。