日本に住む人ならまず体験できない「フランスのマラソン」レースの中身と、元編集者という読ませる文章があいまって、先を読まずにはいられない。小説でもないのにこの勢いは何なのだろう。
著者は大学卒業後に出版社に勤めた*1のち、留学のため渡仏。現在の肩書きは「美術ジャーナリスト」だが、陶芸や料理教室の講師など、マルチに活躍されているそうだ。
日本にいる時はまったく走っていなかったとか。編集者として村上春樹さんの担当もしたのに、その時はマラソンのことなどまったく聞かなかったという。もったいない。
そんな著者が走り始めたきっかけは、パリ郊外の緑多い地域に引っ越し、あまりに美しかったから。そのうち少しずつレースに出始めたというが、この人めっぽう速いのだ。現在のフルマラソンベストは3時間21分。フランス選手権出場資格まで持っているというのだからドラマみたいではないか。
この、走りが速くて元編集者があちこちのレースに出場してまとめた記録がこの本。
ひとつひとつのレースが日本人の想像を超えている。給水所でグラスに入ったシャンパンが振る舞われる「シャンパーニュのハーフマラソン」をはじめ、エイドステーション(給食所)にフォアグラなどワインのアテがずらりと並ぶブルゴーニュマラソン。病院の敷地内だけを走るもの。炭鉱跡地の「ボタ山」をよじ登るレース。
他にも人気のパリ・マラソンやモン・サン・ミッシェル・マラソンなど、走ってみなければわからないあれこれが綴られる。取り上げられているのは全部で16レース。
中でももっとも強烈だったのが、「モンマルトルの丘10キロレース」。パリで一番坂の多いモンマルトルの石畳を、上ったり下りたりする。しかも車も観光客もいっぱいいる画家もそのままの状態で走るのだ。あまりのばかばかしさに笑いそうになりながら走るというが、石畳にやられて腰を痛め、パリマラソンを棄権したにもかかわらず、また翌年走る著者。
マラソン大会は観光地で行われていることも多く、観光ガイド的に読むこともできる。あちこちでフランス人気質に直面するので(例外はバレンタイン・レースくらい。その理由は読めばわかります)、ある意味フランス文化を読める本とも言えるのだ。
ジャンルが特定しにくい本だが、ランナーじゃなくてもフランス大好きじゃない人でも、楽しく読めると思う。
私が気に入った最大の理由は「文章が好きだったから」。ど真ん中ストライクだった。この人の本をもっと読みたい!と思ったが、残念ながら他に著書はなく、ブログなどもなかった。ぜひ他の本も読みたい。たぶん、著者が書いたものならたとえ美術史でも楽しく読んでしまいそうだ。
興味のある方はこちらでちょっとした文章が読めます→白水社:菅野麻美「マラソン大国フランス〜マラソンに見る フランス人気質」 ―2008.01.10
*1:ハッキリは書かれていないが、おそらく新潮社