
- 作者:田中 泰延
- 発売日: 2019/06/13
- メディア: 単行本(ソフトカバー)

- 作者:田中 泰延
- 発売日: 2019/06/13
- メディア: Kindle版
1年ほど前、書店で平積みになっていたのを見かけたのが、この本を知ったきっかけ。
著者の田中泰延(ひろのぶ)さんのことは、申し訳ないんですがその時は存じ上げませんでした。
糸井さんが帯を書いていたのと、タイトルに惹かれて手に取ってみました。
パラパラとめくったところに、「あなたの書いた文章を読んでもらいたければ、先に有名人になるのもいい」*1、とあるのを読んで度肝を抜かれました。正論すぎて。
図書館で予約したらこんなに時間がかかりました。でも読めてよかった。
- ポイント1 読み手として書く
- ポイント2 ネットで読まれている文章の9割が随筆
- ポイント3 物書きは調べることが9割9分5厘6毛
◆本の目次◆
はじめに 自分のために書くということ序章 なんのために書いたか
第1章 なにを書くのか ブログやSNSで書いているあなたへ
第2章 だれに書くのか 「読者を想定」しているあなたへ
第3章 どう書くのか 「つまらない人間」のあなたへ
第4章 なぜ書くのか 生き方を変えたいあなたへ
おわりに いつ書くのか。どこで書くのか。
こんな本です
著者の田中さんは電通で24年間コピーライター、CMプランナーをしていた人。
2016年に退職後は「青年失業家」と名乗り、主に執筆活動をされています(2020年11月現在、Twitterの肩書きは「ひろのぶと株式会社 代表取締役」)。
電通時代の後輩に頼まれて書きはじめた映画評論が評判となり、「文章を書く」仕事にシフト。
その独特の「熱量の高い長い文章」から、初めての著書がいきなり「文章術」に。
サブタイトルは「人生が変わるシンプルな文章術」。
でも、いわゆる「文章の書き方」の本とはちょっと違います。
本書では、「自分が読みたいものを書く」ことで「自分が楽しくなる」ということを伝えたい。いや、伝わらなくてもいい。すでにそれを書いて読む自分が楽しいのだから(P6)。
ハウツー本として読むと「なんだこれ」になると思いますが、「文章術」の枠を超えて面白い。
この記事では、文章の書き方としてなるほど、と思ったポイントを紹介します。
単なるノウハウではない、文章を書く以前の姿勢、みたいなところです。
ポイント1 読み手として書く
「わたしがいいたいことを書いている人がいない。じゃあ、自分が書くしかない」
読み手として読みたいものを書くというのは、ここが出発点なのだ(P102-3)。
著者の原点は電通時代の広告作り。広告制作者は依頼主の伝えたいことを代わりに伝える立場です。
そこに「初めてそのことを知って学ぶ立場で考える」、つまり「書き手ではなく、読み手として書く」という強みが生まれる(P93)
「素人であること、客観的に見られる位置にいること」が、「読み手」というスタンスにつながります。
また、自分が読んで楽しいものを書く方が、読む人も楽しいという意味も。
自分がおもしろくもない文章を、他人が読んでおもしろいわけがない。だから、自分が読みたいものを書く(P6)
…イヤなことを少しでも愉快にするためには、自分が書いて、自分で読んで楽しい気分になる以外に方法がない。そうしているうちに、自分が読み手になってくる。
…自分のことをよく知っているのは自分なので、「知らない読み手を想定して喜ばせる」よりもかなり簡単だ(P106)。
文章術の本には、よく
「読み手を想定しなさい」
とか
「ターゲットを定義する」
といったことが書いてあります。
そういうの無視!まったく不要!
だと、この本は言い切る。
「自分が面白いと思うことを書く」のは一番シンプルです。
ただ、独りよがりになる危険もある。
そこをクリアできるのが自分を「読み手」と位置づけることだと感じました。
ポイント2 ネットで読まれている文章の9割が随筆
「文章を書きたいんです」という人は多い。
そういう人たちを対象にした講座で教えることも多い田中さん。
「そもそも、あなたたちが書こうとしている文章は何か?」
まず、そこから始める必要があるそうです。
実は、書きたい人がいて、読む人がいる文章のボリュームゾーンは「随筆」。
著者の随筆の定義は
「事象と心象が交わるところに生まれる文章」(P54)
です。
事象とはすなわち、見聞きしたことや、知ったことだ。世の中のあらゆるモノ、コト、ヒトは「事象」である。それに触れて心が動き、書きたくなる気持ちが生まれる、それが「心象」である(P55)。
「事象」と「心象」、このふたつが揃って初めて「随筆」が書かれる、という。
どちらか片方でも、もちろん成立します。
- 事象を著した文章=報道・ルポルタージュ
- 心象を表した文章=小説や詩などの創作・フィクション
肩書きで考えるとさらにわかりやすくなります。
- 事象寄りのものを書く→「ジャーナリスト」「研究者」
- 心象寄りのものを書く→「小説家」「詩人」
でも、「ジャーナリスト」や「小説家」を目指すわけでもなく、漠然と文章を書きたいと思っている人は「随筆」を書こうとしているのだ、と自分の立ち位置を決めてしまいましょう。
それだけで、何をすればいいかがかなり絞れます。
ポイント3 物書きは調べることが9割9分5厘6毛
絵画、音楽、文学、映画……随筆を書くにあたって触れる「事象」のひとつ。
それらには脈々と続く「文脈」=ファクトがある。
原型がある。下敷きがある。
模倣がある。引用がある。
比喩がある。無意識がある。
(中略)
…ちゃんと調べて指し示すと、読む人は「ああ、なるほど」となる(P146-7)。
書くという行為でもっとも重要なのはファクトだ、と田中さんは言います。
ライターの仕事はまず調べることから。
そして調べた9割を棄て、残った1割を書いた中の1割にやっと「筆者はこう思う」と書く。
だから「物書きは調べることが9割9分5厘6毛」なんですね。
例として挙げられているのが著者のこのコラム。
mitsunari.biwako-visitors.jp
徹底的にふざけていますが(失礼)、評価されたのは徹底的に一次資料を調べたからだ、とご本人が書いています。
実際に本書のリスト(上のコラムの最後にも簡単なものがあります)を見ていただければわかるように、とてもコラムを書くだけで調べたと思えない数と充実度です。
私は史学科出身ですし、個人的な趣味で「安倍晴明」について調べたことがあるので、一次資料の重要性はよくわかります。
伝聞や推測ではなく、初出のものを徹底的に遡ると、今一般的に言われているエピソードが実は「正確ではない」「根拠がない」というものがほとんど。
石田三成の場合もそうですが、広く知られるエピソードはお芝居だったり、後の創作であることが多いようです。
この、徹底的に調べる姿勢が素晴らしい。
徹底的に調べた文脈、ファクトという土台の上で自由に遊ぶ。好きなことを書く。
ただの思いつきを書いているわけではないところが、読む人を引きつける理由になっている気がします。
まとめ
自分が読みたくて、自分のために調べる。それを書き記すことが人生をおもしろくしてくれるし、自分の思い込みから解放してくれる。何も知らずに生まれてきた中で、わかる、学ぶということ以上の幸せなんてないと、わたしは思う(P247)。
文章術の本という体裁ですが、もっと深いことが書いてあります。
何より、面白すぎて人前で読むのは危険。電車の中で読むのはやめましょう。
特筆すべきは章の間にある「広告の書き方」「履歴書の書き方」「書くために読むといい本」。これだけでも読む価値があります。
著者が就職活動の時、実際に書いたエントリーシートが掲載されています。
……めまいがするほど斬新でした。
そのまま一般人がまねると危険ですが、「書くこと」の基本に立ち返れます。
いくら「ターゲット」とか「読者層」とか言われても楽しくないんですけど、という人は必読です。
私のアクション:事象と心象が両方揃っているか、確認してから書く
■レベル:離 文章術の本、とラベリングするのはむずかしい本
次の記事は私の個人的メモです。興味のある方はどうぞ。※メモに関してこちらをご覧ください。
book.yasuko659.com
*1:無名の人がどんなに素晴らしいことを書いても、宇多田ヒカルが美味しかったロースカツ定食について書いた文章に負ける、というくだりがあります