斎藤先生は「ワザ化」(ご自身の造語です)について長年研究され、本もたくさん出されている。
この本は「ひとつのジャンルで成功した人は、他の分野でも成功することが多い。そこで何が起きているのか?」というのがテーマだ。言わば“成功の「ワザ化」”だ。上手く行くやり方というものは一度身につけてしまえば、他のところでも応用が効くものだとしたら、何をすればよいのか。それを教えてくれる。
おそらく昔は丁稚奉公や、先輩の技術を見て盗むなどで身につけていたものが、現在はマニュアル化されすぎて“体で覚える”ことができなくなっているのだろう。
それをただ「盗め」ではなく、きちんと理論にして伝えてくれるところがこの本の素晴らしさだ。今までありそうでなかった本だと思う。
最後の章では、村上春樹さんの執筆スタイルについてまるまる語られている。内容そのものは村上ファンなら特に目新しいものではないが、(おそらく)インタビューがかなり古くて話し方が今とずいぶん違っていて新鮮だったのと、村上さんの「体を使って書く」スタイルが、斎藤先生の身体論を通して解説してあるのを読むのはなかなか贅沢な気分だった。
ついつい頭でっかちになりやすいタイプの人には、ヒントになる本。教える側の導き方や、子供の教育についてもふれられていて、発見があります。
私のアクション:はまりすぎた時は深呼吸。世阿弥の「目前心後」を目指す
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読書日記:『自分の仕事をつくる』
以下は私のメモなので、興味のある方はどうぞ。
元阪急ブレーブス投手・山田久志のことば(P24)
「今の選手は何でも人に教えてもらって覚えていくのですけれど、僕らの時代は盗むことからスタートした。簡単に教えてくれないから、相手の特徴とかクセから入っていくので、身についた時は、すっかり自分のものになっているのです」
<技を盗む力>は、「技を盗もうとする意識」によって向上する(P25)
単なる「まねる」ことと「盗む」ことの違いは、ここにある。
暗黙知は言語化すれば伝えられる(P30)
熟練したパン職人さんは、自らは大変高度な練りの技能を駆使しているが、必ずしもそれを言語化することは得意ではない。その職人さんの持つ高度な暗黙知をエンジニアに伝えていく触媒の役割を、田中さん(=ホームベーカリー開発のため、実際にパン屋さんで訓練を受けた女性)は果たす。田中さんは「ひねり伸ばし」という言葉で職人さんの技能の重要な部分を概念化した。
<技化>のコツ(P57)
ある動きをいつでも使えるような技にすることを<技化>と呼ぶことにすると、この技化は反復練習によってなされる。通常、技の会得には1万回から2万回の反復が必要だとされている。これだけの回数の反復練習を行うためには、基本となる技を限定する必要があ。その基本技の中でも最も重要な個所をまた選び抜いて、そこを集中的に反復練習する。
質問に的確に答えるには(P60)
いくつか直すべきポイントがある中で、「核となるポイント」を見つけ出すことが、アドバイザーに求められる力量である。パズルで言えば、それを教えれば残りのピースは当人が組み立てることができるような鍵のピースを見つける作業だ。
世阿弥の「目前心後」とは(P78)
「目を前に見て、心を後ろに置け」という表現は、身体感覚を含んでいる。自分本位の独りよがりでことを行っている時には、意識は前につんのめりがちになる。そんな時にひと息「間」を入れて、大きく息を吸ってゆったりと息を吐き出す。すると、意識がすーっと醒めて、心が後ろに置かれる感覚を味わうことができる。これは、自分が現在はまり込んでいるライブの時空から自分の身を引きはがして、冷静に状況を捉え直す技法である。
物事をうまくやるコツをつかまえる瞬間(P144)
こうした瞬間は、一定程度の時間、集中力が持続した時に訪れる。その世界に没入しつつ自分のやっていることを鮮明に意識できている時間が、ある程度続いた時に、コツが見出される。せっかくよい練習をしていても、集中力の持続が一定時間続かないと、コツを身につける瞬間が訪れにくい。
「感動」は上達の根源的なパワー(P154)
感動とあこがれが根底に出発点としてあれば、自分にとって苦手なことでも耐えることができる。逆に感動やあこがれがなければ、上達の普遍的な論理を追求する意欲は湧かない。
量質転化の現象(P189)
技においては、同じことのくり返しが量的に積み重なると、ある時に質的な変化が起こる。
村上春樹式:40代以降のパワーダウンを防ぐ方法(P192)
20代、30代ではガムシャラにできたことが、40代以降できにくくなる。このパワーの衰えはスポーツ選手だけの問題ではない。少数の天才は別にすれば、年をとればパワーは落ちてくる。ではどうすれば、そのパワーダウンをくい止めることができるのか。
「それで僕は天才じゃないから、そういうパワーみたいなのを、ひとつのシステムにしようと思ったわけ。2ヶ月半なら2ヶ月半、一生懸命こつこつこつこつやっていれば自動的に、すっと2週間のキモが来る――あるいは、すっと『入っちゃう』というシステムを自分の中に作ったわけ。そしてそういうシステムを維持するためには、フィジカルな力をつける必要がある。だから僕は、走ったりするのがそんなに苦痛にならなかったんだろうな。だって、自分にとっては必要不可欠なものなんだから」
自分の習慣を基盤にする(P195)
…上達の秘訣として自分のスタイルを形成して行くことをここまで強調してきた。そのもっとも大きな理由は、人は習慣の集積であり、そうした習慣の集積やあるいは癖といったものから逃れることはできないので、それを基盤にしてそこから自分の得意技を仕上げていくことが、もっとも現実的で効率がよいからである。