オリックスの金子投手と言えば、オフシーズンの移籍騒動で変に知名度を上げてしまったが、もともとは「派手さはないが、多彩な変化球を駆使して着々と勝ち星を挙げる」イメージだ。
剛速球でもないのに何で勝てるんだろう、と前から不思議に感じていたので*1喜んで読んでみた。
◆目次◆
まえがき 人と同じことをしても、つまらない
第1章 理想のピッチングスタイルを求めて
第2章 “変化球”についての考察
第3章 “金子流”七色の変化球
第4章 変化球を生かす投球術
第5章 マウンドの心理学―“幻のノーヒット・ノーラン”を振り返る
第6章 ライバルに学ぶ
あとがき この悔しさを、必ず糧にする
投球術について、包み隠さず書いてある。こんなに手の内を明かしていいのか、と心配になるくらいだ。
読んでみて、ものすごく考えているのだ、と驚いた。一流になる人は、やはりきちんと考えているということを改めて感じた。
自分の強みと弱みを知り、どうやったら勝てるかを考える。
その結果が、金子投手の場合“さまざまな変化球を身につける”だったのだ。
でも、ここまではよくある話。
金子投手の変化球に対する考え方はちょっと違う。
ピッチングそのものに対しても、いわゆる常識とはかなり違う気がした。
たとえばこの言葉。
最高の打者を打席に迎えたとき、自分の最も自信のあるボールを投げることこそが、プロの真っ向勝負だと思うのです(P33)。
これはオールスターでの“全球変化球宣言”に対する言葉だが、一般的には“ここ一番”で変化球を投げると、「ストレートで勝負せんかい」と怒られたりする。
だが、金子投手は自分の持ち味は変化球だから、とそれに動じない。
「エース」「いいピッチャー」の理想像も違う。
僕がピッチャーとしてずっと理想にしていたことが、かっこよく三振を奪ったり、勝ち星や防御率の数字をよくすることではなく、負けないピッチングをすることだったからです。マウンドを任された試合で「負けない」ことこそが、エースと呼ばれるピッチャーに最も必要な条件だと、当時も今も、僕は思っています(P35-36)。
一番面白かったのが、ふつうピッチャーは自分が納得できる変化球を投げたがるのに、金子投手は打者が嫌がる変化球を投げたい、という話。
よく曲がる、明らかに落ちるのがいい変化球ではない、という。
ぎりぎりまでストレートに見える方が、打つ側に立ったら打ちにくくてイヤなはずだ、というのが金子投手の考え方なのだ。
すべてのボールをいかに、変化するぎりぎりのところまでストレートに見せるか。そういうボールを駆使できるようになれば、ストレートの軌道できても、打者は変化球を意識するようになります(P48)。
だから、ほとんどブルペンでも投げない。打者にとってどうなのかが大事なので、ブルペンでいい球が投げられた、と満足しても意味がないからだ。
この言葉も印象的だった。
「理想のピッチングとはどんな内容ですか」
…その問いに対する僕の答えはパーフェクト・ゲームでも、ノーヒット・ノーランでも、すべてのアウトを三振で奪うことでもありません。27のアウトをすべて凡打で、100球以内の投球で終わらせることです(P49)。
僕の場合、突出したウイニングショットを身につけたいとは思っていません。
すべてのボールをストレートに見せたい。
それが、僕の追い求めているピッチング像です(P123)。
だから、奪三振について言及されても興味なさそうな反応しかしないし、延長戦に入ったためにノーヒット・ノーランを逃した*2時も淡々としていたのだ。
この本を読めば、何を考えているのかわかるので、スポーツ新聞の記事などの一見不思議な反応もやっと理解できた。
モノサシが違うのだ。イチロー選手などもこま切れのコメントだと誤解されやすいと思うが、金子投手もいい勝負かもしれない。
移籍騒ぎも、きっと本人には本人なりの考えがあったのだろう。この本ではまったく触れられていないが、いつか“どういう考えであんな選択になったのか”を聞いてみたい。
第3章では、以前とまどった吉井理さんの本以上に専門的な投げ方の話が延々続くので、自分で野球をしない人にはピンと来ないかもしれない。
でも、「自分の弱みを知ってどう行動するか」「自分を活かすためにどう考えるか」のお手本として読んでも素晴らしい本だと思う。
少しでも、野球に興味のある人は読んでみてください。
私のアクション:投球の組み立てを、打者目線で見てみる
※この本のメモはありません
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